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これまで

 投稿者:筑前  投稿日:2009年 9月10日(木)07時21分0秒
  魏志倭人伝を書体で考察した本というのは聞きませんね。文字の形状(何という字か?)に
ついては山ほど論考が在りますが、邪馬台国研究家たちは字体には興味はなさそうです。

そもそも三国志は、他の多くの中国国史と違って、3世紀を生きた人間がほぼ同時代の事を
まとめた本なので、字体もその時代のものと考えていいと思いますし、それが後の世まで受け
継がれて来ていると、私は思います。

http://inouers.net

 

やっぱり・・・宋時代

 投稿者:しゅんけい  投稿日:2009年 9月10日(木)03時33分53秒
  二玄社の大書源に文字が載っているかは解りません(書道史上で魏志倭人伝の文字が重要だったか?)と言う事になりますから。宋時代によく使われていた文字を宋朝体というように分類して今ではフォントにもあります。
ネット上で見た瞬間、宋朝体(当時印刷文字として流行った)かなあ?って思った
のですが、原本を見てみたいです。
宋朝体とは、宋の時代に木版印刷が流行りその書体なのですが・・・。

http://blog.goo.ne.jp/shunkei1106

 

魏志倭人伝

 投稿者:久保田  投稿日:2009年 9月 9日(水)09時57分8秒
編集済
  しゅんけいさん
魏志倭人伝は筑前さんの「邪馬台国大研究」にあります。
http://www.inoues.net/gisiwajinden.html
これは南宋時代に書写されたものです。
従って「文字は南宋のころ常用された文字で、魏の時代には使われていなかった文字も使われているのではなかろうか?」というのが私の思いつきであります。
教えていただいた二玄社の「大字源」をみると判るのかなと考えました。いかがでしょうか?

筑前さん
魏志倭人伝を書体で考察した本というのは出ていますか?
 

本日

 投稿者:筑前  投稿日:2009年 9月 8日(火)23時38分29秒
  しゅんけいさんへ「風の中へ」発送しました。明日には届くのではないかしらんと思います。
コマツさん、久保田さん、勢山さんの文章がありますから是非お楽しみに。

週一回名古屋へ行ってますが大阪の営業も余り奮わず、「ストレス」が二乗になっただけのような
今日この頃です。

http://inouers.net

 

こまつさん 書道博物館は・・・

 投稿者:しゅんけい  投稿日:2009年 9月 8日(火)18時03分49秒
  大好きなところです。
上京したら、東博と谷中の朝倉彫塑館、そして根岸の書道博物館とその前の子規庵には行きます。しかし、現在の根岸はちょっと風俗っぽい場所ですよ。
昔は、子規庵には鴎外、漱石、虚子、碧梧桐、不折らが集まって句会をしていたのでしょうね。
書道博物館(中村不折のコレクション)は常設でも青銅器や石碑もあり、楽しいスポットです。

青銅器のコレクションは泉屋博古館もありますよ。

風の中へ・・・楽しみです。
久保田さんのお役にたてたかしら???

魏志倭人伝は私解りませんよ〜。

http://blog.goo.ne.jp/shunkei1106

 

どうもです

 投稿者:コマツ  投稿日:2009年 9月 8日(火)10時45分52秒
  筑前さん
印紙税の件、わかりました。検印紙という言葉を初めて知りました。印紙税から来ているの
ですね。なるほどです。運転免許の更新の時に納める印紙税を思い出しました。

久保田さん
久保田さんと似た性格です。妙な物が気になって。(笑) いま、与力同心や岡っ引きのそ
の後、火消しの「め組」などの連中の明治維新、飛脚屋のその後などが気になってしょうが
ないのです。

参考文献は東京都公文書館刊行の都史紀要第6巻「市政裁判所始末」、第22巻「明治初年
の自治体警察・番人制度」を主に、千代田区四番町博物館の「原胤昭」「佐久間長敬」の
資料などに依りました。

太陽暦への切り替えや、定時法の採用時などの庶民生活への影響も、興味深いテーマです
ね。うーん、新橋・横浜間の時刻表ねえ。面白いですね。
です。

http://www.st.rim.or.jp/~komatsu/

 

明治元年の・・・・

 投稿者:久保田  投稿日:2009年 9月 8日(火)09時31分6秒
編集済
  風のなかへ を少しづつ読み始めました。

小松さん
「明治政府への移行」について、私はこの観点での把握は殆ど落ちてました。
面白いです。
町奉行所の役目と人はとりあえず裁判所に移ったのですよね。明治6年に警視庁が出来たときには裁判所が分離されたのでしょうか?そうだとして与力、同心はどのように分離されたのでしょうかね?それと、自身番が交番になったのでしょうか?知りたくなりました。
使用した参考文献を教えてください。

別件で私の宿題の一つでありますが。明治5年に太陽暦を採用しましたね。この時時間は定時法に変わりました。その1年前、明治4年に新橋-横浜に汽車が走りました。この時、世の中はまだ不定時法だったので、列車時刻表はどんなものを使っていたのかなというのがあるのです。

筑前さん
しゅんけいさんは宜しくお願い致します。
川田さんには私の方から届けようと思っています。可能性はごくわずかとは思うのですが、うまくのっけて投稿者に仕立て上げようかと。
それから、魏志倭人伝の我々が見る原文は書き写し物ですよね。従って写した時代の文字で表記されているのかもしれません。しゅんけいさんにお願いしたら「魏の時代の倭人伝はこんな文字で書かれていた」というのを書いてくれるかもしれませんよ。お願いしてみてはいかがでしょうか?
もしかして、「『壱』と『台』は魏の時代は同じ文字であった」なんてことが。。。。
 

ウィキによれば、

 投稿者:筑前  投稿日:2009年 9月 7日(月)21時42分27秒
  「税という名前がついているが、「印紙税」にちなんだロイヤルティーの一種であり、税金の種類ではない。かつては著者が自分の姓を押印した「検印紙」を書籍に貼り、その検印の数に応じて支払われていたのだが、この支払方法が印紙税納付に似ているところから使われるようになった。

なお、検印紙は1970年代頃まで貼られていたもので(紙ではなく奥付ページに印刷された検印欄というのもあった)、それ以降はごく一部の例外を除き、「著者との話し合いにより検印廃止」の文言のみが表記されている。現在は文言も消えていることが多い。」

との事で、私もこの「検印紙」の押された本を何冊か持っています。昔の文庫本などは全てこれが
押されていたように思います。夏目漱石の「夏目」と押されたものと「漱石」と押されたものが
あって、金を受け取る(漱石自身、or、遺族)ひとがちがうのかなと思ったものです。

http://inouers.net

 

質問2題

 投稿者:コマツ  投稿日:2009年 9月 7日(月)11時43分2秒
  筑前さんに質問です。
風の中にも書いておられますが、本の印税についてです。「税」というのは権力側が市民から
徴収する金、物、労力だと思うのですが、「印税」は著者に売上部数、発行部数に応じて支払
われる著作代価のようですが、どうして「税」とつくのでしょうか。「印」は印刷かなあ。

しゅんけいさん
書道博物館というのがあるのご存じですか?東京の根岸にあるらしいのですが。
こんど行ってみます。

http://www.st.rim.or.jp/~komatsu/

 

しゅんけいさんには、

 投稿者:筑前  投稿日:2009年 9月 7日(月)07時47分43秒
  私から送っておきましょう。残部がありますので。他にも送って欲しい人があれば言って
下さい。数人なら大丈夫です。

遅くなりましたが、皆様ご協力ありがとうございました。励ましを受けて、何とか刊行を続け
たいとおもいますが。やがて自分の分を集めて本にする事も出来るのですがねぇ。
そのうち、厳選して「風の中へ」集大成版を作るとか、いろいろ展開は考えられるのですけれど。
いずれにしても、またご協力のほどをよろしくお願いします。

http://inouers.net

 

風の中へ

 投稿者:久保田  投稿日:2009年 9月 7日(月)05時46分51秒
  筑前さん
そうそう、しゅんけいさんにもお届けしたいのですが、私の方からお送りすればよろしいですか?
 

風の中へ

 投稿者:久保田  投稿日:2009年 9月 7日(月)04時57分16秒
編集済
  昨日届いておりまして、とりあえずざっと目を通しました。

小松さん
お、お、江戸とは私と共通の話題になってきましたね。

勢山さん
塗師、箔師は別に居るんですか。それも初めて知りました。

筑前さん
主宰者のご苦労がよくわかりました。えらいことですね。
 

嵐の中で

 投稿者:勢山  投稿日:2009年 9月 6日(日)10時33分48秒
   予想に反して?かなり背表紙の厚い「風の中で」が届きました。
私も、仕事そっちのけで読んでしまいました。漠然とした関心から興味を持った視線に変わり、いつしか資料を集め始め、具体的な文字でその結果をまとめ始める・・・ 皆さんのまとめ上げた内容も楽しめましたが、そのプロセスに同感したり感心したり、つくづく好奇心は大事、生きるエネルギーそのものと思った次第。(巾広い意味があります(^^))

 筑前さんの「コラム投稿三部作」それぞれ普段知ることの無い裏話や体験談で、興味深く拝見致しました。又編集後記・・・多いに思い当たります。
時間切れで途中から内容が変わってしまい、かつ見直しもそこそこに送り出してしまった、原稿最終ランナーとしては、来年は原稿一番乗り(希望的観測)を目指す所存でございますので、11号の面倒も宜しくお願い致します。
 

風の中へ

 投稿者:コマツ  投稿日:2009年 9月 6日(日)08時55分39秒
  筑前さん
風の中への第10号届きました。夢中で読みました。筑前さんの都会のふるさとの巻頭言、それとは逆に超辛口の編集後記、久保田さんのレッドクリフの時代考証、勢山さんの木材か
ら仏になる瞬間の仏師ならではの思いなど、一気呵成に読みました。今回は遅れた分だけ、
力作揃いで読み応えがあります。書道家しゅんけいさんも登場しますよ。

橋本さんが私と同じ心臓を患って、その経験談を載せておられますが、ステント挿入手術な
ど、私の経験と重なり合って、ナースや医師への思いも「そうだ、そうだ。」とうなづきな
がら読みました。

筑前さん、振込口座をメールで教えてください。まずは、編集長役、ご苦労様でした。
第11号用の原稿に取りかかりますね。

http://www.st.rim.or.jp/~komatsu/

 

卑弥呼の日食

 投稿者:コマツ  投稿日:2009年 8月27日(木)09時58分45秒
  科学する邪馬台国読みました。で、ステラナビゲーションで確認してみました。
247年の福岡での皆既日食は、18時27分過ぎで、日没が33分ですからガラスにススを
塗って太陽を見ていないと、日没で暗くなったのか、日食で暗くなったのか弥生人はわからな
かったのではないかと思ったのです。コンピューターのシミュレーションも多少誤差があるよ
うで、私のステラでは加藤先生のような皆既に入る前に、水平線に没してしまいます。
ほんとうに「真実は闇の中」ですね。

http://www.st.rim.or.jp/~komatsu/

 

日食については、

 投稿者:筑前  投稿日:2009年 8月26日(水)23時24分0秒
  私も10年ほど前に調べて、以下に入れてあります。「科学する邪馬台国」の中です。
でも「真実は闇の中」ですね。最近つくづくそう思います。

http://www.inoues.net/science/waq.html

 

まちがえた

 投稿者:コマツ  投稿日:2009年 8月26日(水)09時06分13秒
  福岡の日食は247年でしたね。10年間違えた。翌248年の日食は、朝の8時から9時頃です
から、これはかなりのインパクトがあったはずですね。ただ、皆既食の中心は能登半島から東北
地方に抜けていきますから、奈良盆地では相当暗くなるでしょうが、九州ではどうでしょうかね。
天の岩戸と天照大神と卑弥呼、何か関係があるのかな。

http://www.st.rim.or.jp/~komatsu/

 

あらあら

 投稿者:コマツ  投稿日:2009年 8月26日(水)08時11分17秒
  筑前さん
そうですか。それは残念。ところで、卑弥呼が死んだと言われる頃、皆既日食が2年続けてあった
らしいですね。一度は知っていましたが、237年の日食は今度調べていて初めて知りました。
ただ、福岡で日食が始まるのは日没15分前ぐらいからで、日食眼鏡が無い時代にはよくわから
なかったんじゃないかと思いますが。井沢元彦さんなんかは、その日食が原因で卑弥呼は殺され
たと言いますが、ちょっと考えられないですね。でも、面白かった。

http://www.st.rim.or.jp/~komatsu/

 

ごめんなさい。

 投稿者:筑前  投稿日:2009年 8月25日(火)21時01分38秒
  私に話を持ってきた人のハナシでは、近畿説論者が見つかったそうです。それも、もしかしたら
私の知り合いかもしれません。まだ要項がこないのでよくわからないのですが、どうやら西日本
新聞社が主宰する宇佐神宮と同じような、素人による「邪馬台国論争」のような感じです。

もっと詳細がはっきりしたらまたお知らせしますね。コマツさん、すみませんでした。

http://inoues.net

 

いや、いや

 投稿者:コマツ  投稿日:2009年 8月24日(月)09時14分53秒
  久保田さん
筑前さんと模擬討論なんて100年早いです。九州国立博物館の件も誰もいなかったらという
補欠のつもりでしたので、筑前さんもあんまり気にしないで下さい。と、言ってもちょっと違う
視点で私なりにまとめてみたいと思います。

Hoppyさん
私も出来たら行きたいけど、まだちょっとわかりません。国衙跡には何度か行きました。

http://www.st.rim.or.jp/~komatsu/kaen.html

 

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