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お帰りなさい

 投稿者:コマツ  投稿日:2009年 9月27日(日)16時37分3秒
  筑前さん
お帰りなさい。お疲れ様でした。ゆっくり新知識を聞かせてくださいね。
ところで、ポンペイの町並みの写真きれいに撮れていますね。カメラを変えましたか?

http://www.st.rim.or.jp/~komatsu/

 

クボタさん、

 投稿者:筑前  投稿日:2009年 9月27日(日)08時57分40秒
  高倉塚古墳、ずいぶん綺麗似整備されましたね。写真を是非使わせて下さい。

http://inoues.net

 

昨夜遅く

 投稿者:筑前  投稿日:2009年 9月27日(日)08時56分5秒
  帰ってきました。現地からはINTERNETの接続が旨くいかず、データは遅れませんでした。
9泊10日(2泊は機中ですが)の長旅ですがアッという間でした。今回はACCIDENTも含めて、
私にとっては実に多くの学ぶべき点がありました。また、カルチャーショックも少なからず
あって、サッシと呼ばれる岩窟教会や住居、それにバチカンのあの夥しい宗教画などは、
一体何がその原動力なのか大いに考えさせられます。同時に、日本との違いについてもまた、
考えさせられています。卑弥呼の時代に既にあった、あの巨大なコロッセウムや民主主義
の萌芽とも言える基本型の出現。神に挑戦を試み続けた西洋と、自然に同化し花鳥風月を
愛でて生きてきた東洋の大いなる死生観の違い。思索の旅は果てしなく続きます。

写真は発掘されたポンペイの町並です。

http://inoues.net

 

高倉塚古墳

 投稿者:久保田  投稿日:2009年 9月22日(火)19時35分54秒
  以前小松さん、筑前さんをご案内しましたが、その際ブルーシートで覆われたなんとも変なところだったのですが、本日見ましたところ整備されていました。  

お酒

 投稿者:コマツ  投稿日:2009年 9月22日(火)19時31分59秒
  久保田さん
医者とカミさんはいい顔をしませんが、絶対ダメとはいわないので、けっこう飲んでいます。
昨年の暮れはおっかなびっくりでしたが、今は自信(?)もついてかなり飲むようになりました。
久保田さん、たまにはやりましょうか。川田さんも誘って。

http://www.st.rim.or.jp/~komatsu/

 

熊野神社古墳

 投稿者:久保田  投稿日:2009年 9月22日(火)19時30分55秒
  先月30日オープンの際行けませんで、本日見てきました。
国史跡とはいえささやかのものでした。
 

国府サミット

 投稿者:久保田  投稿日:2009年 9月22日(火)19時04分59秒
編集済
  府中の住人が知らなかったなんて。。。
まえおかさんありがとうございます。
行こうと思います。

ところで小松さん、まだ酒は飲めないのですか?
 

まえおかさん

 投稿者:コマツ  投稿日:2009年 9月21日(月)08時22分9秒
  お久しぶりです。国府サミットの情報ありがとうございます。
国府サミットというのは初めてですね。非常に期待しています。国府はあいかわらずマイナーで
こういう企画はとても嬉しいです。10月は市川考古博物館の松本さんのお誘いを受けて、市川の
国府と国分寺に関する講演会に参加します。両方ともとても楽しみです。前岡さんにお会いでき
るのを楽しみにしています。館長さんと奥様によろしく。

http://www.st.rim.or.jp/~komatsu/

 

国府サミットのお知らせ

 投稿者:まえおか  投稿日:2009年 9月21日(月)08時03分55秒
  みなさま、お久しぶりです。

来月24日(土)〜25日(日)に、府中市で「市制施行55周年記念 第1回こくふロマン交流際」が開催されます。これは、全国の国府所在地自治体を結ぶイベントで、昨年まで毎年おこなわれていた「国分寺サミット」の国府版とも言えるでしょうか。

交流際では、国府シンポジウムやパレード、展覧会などが企画されています。
私も日程調整中で、できるだけ参加しようと思っています。

詳細は府中市のホームページで紹介されています。
http://www.city.fuchu.tokyo.jp/tanoshimu/ibento/bunka/kokufuroman/index.html
 

信濃国府

 投稿者:コマツ  投稿日:2009年 9月20日(日)11時35分1秒
  安曇野から帰ってきました。筑摩郡にあったという信濃国府を探してきました。信濃国府は
国分寺のある上田市(小県郡)から、平安初期に松本市(筑摩郡)に遷ったといわれていま
す。三遷した肥後国に似ています。松本駅から30分ほど歩きました。国府の跡は見つかっ
ていませんが、惣社がありました。途中で美味しいそばを食べました。

信濃国の三の宮は穂高神社ですが、こんど行ってみて驚いた。この神社の祭神は穂高見命で
綿津見神の子供ですって。なんで海の民の神がこんな山奥に祀られているんだろう。諏訪信
仰といい、穂高神社といい信州の神様はなぜか海の神様が多いですね。不思議。

新しくなった国府物語「信濃国」をご覧下さい。

http://www.st.rim.or.jp/~komatsu/

 

いってらっしゃい

 投稿者:コマツ  投稿日:2009年 9月17日(木)08時06分53秒
  筑前さん
イタリアですか。いいですね。大いに楽しんできてください。ナポリ、ポンペイの他、
ミラノやベニス、フィレンツェなどもいいなあ。土産話を楽しみにしています。
邪馬台国エジプト説の証拠があったら見つけてきてください。

たしかにイタリアというイメージではないなあ。どこだろう。

私は明日から安曇野へ行ってきます。

http://www.st.rim.or.jp/~komatsu/

 

では、

 投稿者:筑前  投稿日:2009年 9月17日(木)05時12分33秒
  行ってまいります。今日から来週いっぱい、wifeとイタリアへ行きます。
ナポリ、ポンペイを見るのが楽しみです。

昨夜、前社長への「感謝の会」を堂島のホテルでやったのですが、そのとき会社の娘から
「イタリアって、井上さんには似合わへん。」と言われました。
「わしのイメージはどこやねん」と聞くと、「うーん、北朝鮮とか」。トホホホ。

http://inoues.net

 

久保田さんへ

 投稿者:しゅんけい  投稿日:2009年 9月14日(月)13時17分27秒
  解らないかも知れませんが、疑問があったらどうぞ?
書や文字に関していろんな事を調べる事も楽しいですから!

http://blog.goo.ne.jp/shunkei1106

 

役に立ちました

 投稿者:久保田  投稿日:2009年 9月13日(日)17時41分18秒
  しゅんけいさん
お蔭様で、「書」ってものを少しかじった気がします。(頭の中だけなんですが。。。。)
中国物の小説を読んでますと「書」のところは気になりますね。
 

久保田さんへ

 投稿者:しゅんけい  投稿日:2009年 9月11日(金)09時23分50秒
  一つのものからその背景に疑問を持たれて調べられる久保田さんの探求心、素晴らしいです。私もこれからそのような考え方で角度を変えて文字や書を見る事にします。おかげさまでとっても勉強になりました。

http://blog.goo.ne.jp/shunkei1106

 

筑前さん届きました!!!

 投稿者:しゅんけい  投稿日:2009年 9月10日(木)18時58分26秒
  久保田さんの「レッドクリフ」の時代背景
お役に立てたならば光栄です。「風のなかへ」週末にしっかり拝読させていただきます。有難うございました。

http://blog.goo.ne.jp/shunkei1106

 

魏志倭人伝

 投稿者:久保田  投稿日:2009年 9月10日(木)17時53分55秒
  小松さん、筑前さん

>写した時に原本の書体のまま写すことってあるのかなあ。

私も原本の書体は写す時代の書体に直すのではないのかな?と感じるのです。

ところで、小松さんが画像を2枚アップしてましたので、どうするのかなと思い「画像・ファイル」ってのをクリックしたら出来ました。
そこで、、、この掲示板動画をアップできるようになったようですのでテストケースとして昨年の「国分寺サミット」の動画を入れてみます。どうなることか?
と思ったら、どうやら自分手持ちの動画は入れれないようですね。残念。
 

魏志倭人伝

 投稿者:久保田  投稿日:2009年 9月10日(木)17時36分50秒
  しゅんけいさん

さすがです。一見し「宋の時代に木版印刷が流行りその書体」とお判りになるなんて。なるほど木版印刷なら多数印刷したので日本にも渡り現在まで残っていたということになるのですね。

魏志倭人伝の原文は小松さんがご紹介されているように、「魏志倭人伝 他三編」岩波文庫 で見れます、熊本市立図書館を検索したらありました。

それから、中国正史中の倭人条3編をアップします。いずれも上記本から撮ったものです。
上から「三国志 魏志」、「後漢書」、「隋書」です。
この中で赤線を引いたところ、魏志では「邪馬一国」、後漢、隋では「邪馬台国」となっており、一般的には「魏志は写し間違い」となっております。赤丸「倭」は隋では異なった文字になっております。これらが書体の時代変遷との関連で、「時代の違いか? 同時に並立したか? 異なった文字か?」のどれにあたるものか判りませんでしょうかね?
 

魏志倭人伝

 投稿者:コマツ  投稿日:2009年 9月10日(木)08時57分16秒
編集済
  魏志倭人伝の書体の話題が出ていますが、倭人伝の書写本は何種類ぐらいあるのでしょうね。
岩波文庫版の魏志倭人伝に影印が載っていますが、筑前さんの邪馬台国大研究の書体と違いま
すね。岩波は楷書体みたいだし、大研究の方は隷書に近いような感じがするし、陳寿が書いた
のは三世紀でも、残された写本は宋代なのか、もっと新しいのか、写した時に原本の書体のまま
写すことってあるのかなあ。久保田さんのおかげでまたまた疑問がいっぱいになっちゃった。

岩波版の倭人伝の原文影印と、邪馬台国大研究の原文を添付します。

http://www.st.rim.or.jp/~komatsu/

 

書体

 投稿者:しゅんけい  投稿日:2009年 9月10日(木)07時24分45秒
  平家物語も口伝と書き写された本で伝わったといわれていますが、その書き写された書が、取り上げられているのは知りません。
魏志倭人伝も書体としては特に重要な能書家が書いたものでないなら、書道の分野でも取り上げられないのでしょうね。

http://blog.goo.ne.jp/shunkei1106

 

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