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失礼

 投稿者:コマツ  投稿日:2009年 8月 8日(土)21時01分6秒
  勢山さん
大変失礼しました。「さん」が抜けちゃった。申し訳ない。勢山さんのご専門であります。

http://www.st.rim.or.jp/~komatsu/kaen.html

 

維摩経義蔬(法隆寺)

 投稿者:しゅんけい  投稿日:2009年 8月 8日(土)08時44分41秒
  本棚にあったので、取り急ぎ久保田さんにFAXしてみました。
的を射てることなのかは解りませんが・・・。

http://blog.goo.ne.jp/shunkei1106

 

私の理解

 投稿者:コマツ  投稿日:2009年 8月 8日(土)08時42分44秒
  久保田さん
これは勢山のご専門でしょうが、私の理解はこんな風です。下記は般若心経の冒頭部分ですが、これはそのまま唱えますね。つまり中国読みでしょう。もちろん伝わった当時、七世紀、
八世紀の読み方ですから、現代の中国語の発音とは違いますが。

観自在菩薩行深般若波羅蜜多時、照見五蘊皆空、度一切苦厄。舎利子。色不異空、空不異色、
色即是空、空即是色。、、、、、、

韓国語を少しかじりました。韓国語では、中国伝来の言葉はやはり中国読みです。韓国では、
日本のように訓読みがありません。全部、音読みです。つまり中国音です。例えば、歌手は
「カズ」、家族は「カジョク」、国は「グク」と発音します。ということは、中国から伝来した
経典もそのまま中国読みで日本に伝えたのではないでしょうか。当時の東アジアの国際語は、
中国語で、朝鮮半島も日本も中国語で意思疎通を図ったのではないかと考えていますが、
どんなもんでしょうか。

経典の日本語訳は鎌倉時代からではないでしょうか。法然あたりから民衆にわかりやすい日本の
言葉で、説教を始めたように思えますが。法華経の有名な一節、

願以此功徳、普及於一切、我等与衆生、皆共成仏道。

を、禅宗などはそのまま音で読みますが、日蓮宗などは、

願わくはこの功徳を以て、あまねく一切に及ぼし、我等と衆生と、みな共に仏道を成ぜん。

と唱えます。宗派によって日本語だったり、中国語(音読み)だったりしているようですね。

勢山さんの専門的な解説が待たれます。よろしくお願いいたします。

http://www.st.rim.or.jp/~komatsu/kaen.html

 

最近の疑問

 投稿者:久保田  投稿日:2009年 8月 7日(金)18時05分25秒
  最近お経の読み方の歴史に疑問がわいてまして。

仏教が最初朝鮮から日本に渡ったとき、朝鮮語で読むお経だったのでは?それとも中国語かな?
隋、唐のころ日本の僧が中国へ勉強に行き、当然中国語でお経をとなえていたのでしょう。
鑑真和上が日本へ来て、お経を読むのも、戒をさずけたのも中国語だったのではないのかな?
現代のお経は日本語に一部梵語ですね。中国から持って来た経典の日本語訳は誰がしたのでしょうか?
こんなことがふと知りたくなり。。。。
 

火焔土器の国 新潟

 投稿者:コマツ  投稿日:2009年 8月 3日(月)00時12分9秒
  久保田さん
そうですね、京都の祇園、東京の新橋、と並んで三大芸都は新潟古町だそうですね。
残念ながらカミさんと一緒だったので、古町のアーケードを歩いただけでした。
でも、酒と魚は旨かった。それにやはりご飯が抜群に旨い。気のせいかなあ。

縄文紀行に信濃川流域の火焔土器文化を追加しました。数少ない縄文の国宝「1号火焔」を
じっくりご覧下さい。

http://www.st.rim.or.jp/~komatsu/kaen.html

 

越後国

 投稿者:久保田  投稿日:2009年 8月 2日(日)18時51分13秒
  新潟は本と懐かしいところです。
小松さんにとってはいい町ですよ。
弥彦神社の近くには岩室温泉があります。
酒がいいですし、魚がいい。芸者さんを頼んで端唄、小唄なんてうなる。

私は新潟で「日本酒はダメなんです。ビールで。三味線では歌が歌えないのですよ。」なんて暮らしていたので半端者でした。
 

越後国

 投稿者:コマツ  投稿日:2009年 8月 2日(日)15時28分37秒
  国府物語の越後国に「もうひとつの一ノ宮弥彦神社」と「新潟湊」を追加しました。
お暇な折りにご覧下さい。

http://www.st.rim.or.jp/~komatsu/

http://www.st.rim.or.jp/~komatsu/

 

RE:文藝春秋8月号

 投稿者:筑前  投稿日:2009年 7月31日(金)23時33分43秒
  それは是非読まなくては。ありがとうございます。

白河法王と珠子に、はたして愛はあったのでしょうか。ちょっと疑問ですね。

http://inoues.net

 

文藝春秋8月号

 投稿者:コマツ  投稿日:2009年 7月31日(金)12時59分17秒
  前回の邪馬台国の会で安本先生がぜひ読めと薦められていた文春の8月号を、新潟からの
帰りの新幹線の中で読みました。目当ては、「卑弥呼の墓はどこだ」というタイトルで、
近畿派の学者が2名、九州派の学者が1名、3人の対談です。3人とも、先日の歴博の発表と
朝日やNHKの報道の仕方をおかしいと言っています。大変冷静な議論で読み応えがあります。

この号はそのほかにも、阿川弘之さんが大野晋の思い出の中で、大野の日本語のタミル語起源説
を批判しているし、塩崎前官房長官の麻生内閣の裏話、鳩山邦夫批判は非常に説得力に富んでい
て、読んでいて面白い。この号から始まった渡辺淳一の天上紅蓮は、白河法王と珠子の愛の物語
から始まったが、保元平治の乱を起こし、武家の世を引き寄せてしまった原因となった恋の行方
が、今から楽しみな連載だ。とにかく今月の文藝春秋750円はお買い得であります。

http://www.st.rim.or.jp/~komatsu/

 

国宝の火炎土器

 投稿者:コマツ  投稿日:2009年 7月31日(金)11時11分4秒
  新潟県の十日町市博物館で、国宝の1号火炎土器の夏の展示が7月28日から始まるというので
カミさんと新潟まで行ってきました。越後湯沢からローカル線で十日町へ行き、小さな博物館で
近くの笹山遺跡出土の縄文土器をじっくり見てきました。57点の土器が付属出土品と共に国宝に
一括指定され、新潟県唯一の国宝として話題になりました。それが、こんな田舎町(失礼)の
小さな博物館で、自由に写真が撮れる状態で展示されているなんて、日本はいいなあと思いました。
長岡には立派な県立博物館があるのに、発掘地の小さな博物館に展示されている国宝の土器たちは
何となく幸せそうに見えました。筑前さんたちと訪れた岩宿遺跡の相沢記念館を思い出して
嬉しくなりました。1号火炎の写真を貼り付けます。

http://www.st.rim.or.jp/~komatsu/

 

コピー

 投稿者:久保田  投稿日:2009年 7月29日(水)08時06分49秒
  しゅんけいさん
ありがとうございます。
メールでお願いします。
 

久保田さんへ

 投稿者:しゅんけい  投稿日:2009年 7月28日(火)07時23分55秒
  追伸
画像が鮮明ではないので、ご住所を教えていただければ、大書源のコピーを郵送できますが・・・

http://blog.goo.ne.jp/shunkei1106

 

久保田さんへ

 投稿者:しゅんけい  投稿日:2009年 7月28日(火)06時39分43秒
  お役にたつのであればどうぞ。  

映画レッドクリフの歴史背景-2

 投稿者:久保田  投稿日:2009年 7月28日(火)06時31分42秒
編集済
  (写真はしゅんけいさんから提供していただきました)
二玄社の「大書源」というのに掲載されていました。さらにこの文字が使用された時代を調べていただきましたところ、次のようなご回答をいただきました。
「曹操の旗の文字は『曹全碑』の隷書体をもとに書かれたものだと思います。『曹全碑』は隷書の代表といわれるもので、この碑は陝西省博物館(西安碑林)にあります。この碑は後漢・中平二年(185)の刻とされています。この字が使われていた時代はこの碑が出来たより前だと思います。
そして縦線が一本の曹の字を調べますと、もっと古い時代の『急就章』にたどりつきました。この『急就章』は漢代に学童が字を覚えるためにつくられた古文字書で、伝説では、漢の元帝(前48〜前33在位)の時、史游が作り、隷書体をくずした早書きの書体で書いたといわれていて、この現存最古の古字書に、早書き体(章草体)として曹の縦線が一本のものを見つけました。という事は、この時代より前に隷書体で縦線が一本の曹の字があったのではないかと思われます。」
ということでありました。
さらにNET情報を加えて「将軍旗の文字」の時代背景を推定すると次のようになるかと思います。
********************************************************************************
「縦線が一本の曹の字」は「早書き体(章草体)」といって、前漢の元帝(前48〜前33在位)の時、史游が作り、隷書体をくずした早書きの書体で、字書「急就章」に残されている。この字体はその後、後漢時代に使われた書が残っている(杜度(とど)、張芝)。
レッドクリフで曹操の将軍旗に使われた字体は、映画の時代考証家が赤壁の戦いの時代(208)を表すために、後漢・中平二年(185)の刻とされている「曹全碑」の隷書体をもとに使用されたものと思われる。
**********************************************************************************
 

映画レッドクリフの歴史背景-1

 投稿者:久保田  投稿日:2009年 7月28日(火)06時28分3秒
編集済
  しゅんけいさん
これらの内容で投降したいと思いますがよろしいでしょうか?


2.軍旗
軍団の先頭に軍旗が掲げられています。下の軍旗は「将軍旗」というもので、魏、曹操の軍団に「曹」の旗があるのですが、文字が「そう(縦棒1本)」ではありませんか。縦棒が一本足りません。
こんな文字があるのか?書道家春逕(しゅんけい)さんに調べていただきました。あるのです。
 

邪馬台国の会

 投稿者:コマツ  投稿日:2009年 7月27日(月)10時42分52秒
  昨日、邪馬台国の会がありました。伊勢神宮の創建年代について安本先生の講演。
霊代、樋代、船代と4世紀、5世紀の古墳との比較をされて興味深い話でした。
伊勢神宮にある鏡は、九州の平原遺跡から出土したのと同じような大型の内行花文鏡
宮中にあるのは普通の大きさの三角縁神獣鏡、それと兄弟鏡が紀州の日前神社にある
ということでした。宮中にあるのは伊勢神宮のレプリカだと思っていた。うーん。

午後10時からはNHK教育テレビで、日本と朝鮮半島の交流2000年という番組を
見ました。ちょうど、大化の改新から白村江の敗戦、遣唐使から日本国号の登場まで、
面白い時代をあつかっていました。韓国の学者を交えて、百済や新羅の首都の遺跡を
紹介されたりして、これまた興味津々。ねむかったけど面白かった。

明日からは、カミさんと新潟の十日町、長岡の縄文遺跡を訪ね、国宝の火炎土器を見て
きます。有名な長岡の花火の前日に帰ってきます。(泣き笑い)

勢山さん
ほんとうに護岸工事より川サライをやって欲しいですね。千葉では、海岸に護岸工事を
したために、流れが変わって砂の流出が止まらず、九十九里海岸が危険状態ですって。
自然を舐めてはいけませんね。

http://www.st.rim.or.jp/~komatsu/

 

豪雨お見舞い

 投稿者:勢山  投稿日:2009年 7月27日(月)00時20分55秒
  昨日から関東に来ていますが出てくる前の関西はかなり不安定な空模様でした。
普段穏やかに流れている川が堤防一杯に轟音を立てて流れている様は本当に恐いです。
 京都の鴨川は何故か、川さらいを全然しないようで今は全面に、茅・雑草が生えており、その雑草が水草の様に踊る様を見ると、堤防工事より川さらいをすべきじゃ無いの? と思ってしまいます。

 天候不順は有るにしても。公共工事が機能してないじゃ無いかな?なんて思ってしまいます。
突然に身を寄せる安全な場所を失うこととなってしまった皆様に心よりお見舞い申し上げます。

http://www.frkw.com/index010.html

 

RE:豪雨お見舞い

 投稿者:筑前  投稿日:2009年 7月25日(土)17時33分52秒
編集済
  凄い雨ですね。大阪も今日は午前中じょうろで流したような雨が1時間ばかりふりました。
今日は夜8時から大学同窓会の幹部会です。土曜日働いているのがいて、彼がその時間でないと
来れないそうなので。雨が降らなきゃいいが。
九州の実家は山手なので洪水は心配無いのですが、天神も冠水したそうです。北九州も冠水した
そうで、都市もモロイですね。何年か前には博多駅も冠水して駅が水浸しでしたし(下写真)。
怖いですねぇ。これが終わらないと梅雨も開けないんでしょう。

http://inoues.net

 

お見舞いありがとうございます

 投稿者:しゅんけい  投稿日:2009年 7月22日(水)18時21分37秒
  昨日は阿蘇に行っていましたが、午後からは豪雨。大雨洪水警報の中での講義、校舎は雨漏り・・・帰りは学校のワゴンに乗って大雨の中無事帰りつきました。トンネル付近は霧で真っ白。怖かったですよ。土砂が崩れずによかった。
周りの被害の話は聞きませんでしたが、今日の朝方ももの凄い雷と雨でとび起きました。
これが、ゲリラ豪雨って言うのかな?
とにかく無事です。ありがとうございます。
午前中は曇りでしたので、雲がフィルターになって日蝕も肉眼で見れましたよ。
午後からは、梅雨明け?空になっています。

http://blog.goo.ne.jp/shunkei1106

 

豪雨お見舞い

 投稿者:コマツ  投稿日:2009年 7月22日(水)13時33分52秒
  山口県や熊本県など豪雨に遭われた地方の皆さん、お見舞い申し上げます。
山口の防府市の惨状がテレビで伝えられていますが、周防国の国府があったところ。
数年前にカミさんと二人で訪ねましたので、大変心が痛みます。修復されたばかりの
周防国分寺は大丈夫かなあ。

しゅんけいさんのお住まいの近くは、いかがですか。こちらの方は山口県だけしか
報道されませんが、九州地方もかなりの被害が出ているのではと心配です。

http://www.st.rim.or.jp/~komatsu/

 

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