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小松さん
府中郷土の森博物館でやってまして、先日行ってきました。
学芸員さんに訊いたのですが、その一端です。
「国府形成の過程は現在のところ次の順序というのが判ってきたようです。
奈良時代先ず国府ができ、次に国分二寺が建立され。平安の後期に総社が設置された。国府八幡は鎌倉時代の初期に建立されたのだろう。」
たしかに、一ノ宮、二ノ宮などが決まっていったのが平安時代初期延喜式からで、総社はその後に出来たのでしょう。鎌倉時代は鎌倉幕府で国司を任命し派遣しましたね。これらの国司が国府八幡を作っていったということになればつじつまが合いそうですね。
鎌倉幕府の「国府八幡建立の指示」なんて出てきたらはっきりするでしょうけど。
下総ではどうでしょうか?
府中の近くでは古代東山道の近くに鎌倉街道が作られました。やはり学芸員さんに「なぜ東山道を利用しなかったのか?」とききましたら次のような回答でした。
「府中近辺の東山道は中世には機能を失っていたと思われる。発掘結果によると路のあちこちで住居跡とか道が曲げられたところなどが見られるからです。従って鎌倉街道は利用できない東山道を避けて新たに作られたのでしょう。」
だそうでした。
伊能図を契機に新たな発見です。
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