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そしてさらに別の話を出してきて、主観的には話題をごまかしているわけね(笑)
で、ここはついに青い鳥の本音が出たと思っていいわけだね。
>私も、その一人です
要するに青い鳥は「おまえは私より恵まれているから差別について語る資格がない」と言いたいようです(猛笑)
青い鳥には、「差別」というものを社会的に捉える視点がこれっぽっちもない。
社会運動の題材になる差別とは、それが「一定の属性・傾向を持つ人たち」が、その属性故に社会的に不当な取り扱いを受けている構造を指します。
当然ながら、同じ被差別者の中でも、受ける差別の度合いは人によって変わる。
たとえば、在日朝鮮人にも大金持ちはいる。こういう人たちは社会的にはある程度以上恵まれているし、付き合いの範囲ではさしたる差別を受けていないかもしれない。
しかし彼ら・彼女らには参政権はないし、外登証を持たねばならない。
これって差別じゃないのか?
あるいは、トランスジェンダーに話を限ってみよう。
トランスジェンダーは、それこそ数十年前の在日韓国朝鮮人や被差別部落民と同じで、自分が「そうである」ことを名乗れず、社会の中に「埋没」している。しかも人数が少ない。だから「どこが問題なのか」が世間にちっとも知れ渡らない。
そういう面では、「私はそうでーす」と「オチャラケ」でもなんでも登場する人は、その登場自体が社会運動にもなるわけです。これは、社会運動ということばこそ使ってはいないものの、三橋順子さんもよく強調していることだ。
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